黄金の十字架

1月13日

アンジェロ 春山 勝美 神父
Fr.Angelo Haruyama Katsumi, OFM
haruyama@netvision.net.il

黄金の十字架新世紀の第一年は日本では経済の低迷から抜け出せず、就職難、企業の倒産、リストラによる失業者の増加、犯罪の増加と凶悪化が社会不安の醸し出し、加えて、アメリカでは9月11日の同時多発テロを新しい戦争と位置づけ、世界各国もこれに呼応し、世界的規模でテロリストとこれを支援する国家、組織の解体へと行動を起こしました。

聖地、イスラエルでも一昨年からのIntifada(占領地開放闘争)がますます過激化し、パレステイナの自爆テロの多発、これに対するイスラエル軍の過剰攻撃の「いたちごっこ」から抜け出せないでいます。昨年の暮れ、アラファト議長がパレステイナ自治政府存亡を賭けて対イスラエル武力闘争を止めるように呼びかけました。最大武闘派ハマスはこれに応え、和平実現の兆しが芽生えました。しかし、年初めに、武器密輸船が摘発され、パレステイナ自治政府の関与が取り沙汰されるなか、ハマスは、1月9日未明、イスラエル軍監視所を奇襲し、自治政府との停戦合意を破棄し、武力闘争を再開しました。これに対して、イスラエル軍の報復攻撃があり、また、底知れぬ泥沼にはまりました。

私たち教会側にも動きがありました。暮れに、カトリック・エルサレム総大司教の呼びかけで組織された「平和を願う」デモ行進がエルサレム旧市街に入ろうとしたところで、イスラエル警官隊に阻止される事件がありました。また、正月早々、小雨降るなか、キリスト信者のデモ隊が首相官邸前に押しかけました。要求は、「巨大なモスク建設差し止め」、を訴えるものでした。ガリレアのナザレは神から遣わされた大天使ガブリエルがおとめマリアに神の子の受胎を告げたところであり、神の子イエスが聖母マリア、聖ヨセフに育まれ、成長した聖地です。そのお告げの場所には大聖堂がそびえています。

この大聖堂を遮る巨大なモスクをナザレのイスラム教徒は建設すると言うのです。内外のキリスト信者はモスク建設差し止めをイスラエル当局に訴えて来ました。一昨年(1999年)この問題で、イスラエル国内のキリスト教巡礼聖堂が一斉に二日間のロックアウトしました。ギリシャ、アルメニア、カトリックが共同管理しているキリスト復活大聖堂も門を閉じました。先日(1月9日)、イスラエル国会はモスク建設差し止めを決議しました。この決定が宗教共存の原則によるものか、カトリック教会指導者に屈服したためか(ナザレのイスラム指導者の発言)、定かではありません。

さて、人々の営みはこの様なものです。だからこそ、ゴルゴタ(カルヴァリオ)で、神のおん子が、まず、神との和解ため、そして、人々が互いに許し合って生きるようにと十字架上でご自身を捧げたのでした。ところで、ゴルゴタは「されこうべ」と訳されます。それで、地形が「頭蓋骨」状だったと説明されています。この形状説でもいいのですが、むしろ、「頭髪で覆われていない部分」との説を取りたいのです。処刑されたところには「園(ヨハネ19.41)」があったとあります。岩が露出していたところに十字架を立てたと解することが出来ます。

イエスの十字架はローマの統治に反逆するユダヤ王の処刑(ヨハネ19.19)でした。見せしめです。ゴルゴタがイエス処刑地に選ばれたのはこのためでした。この地はイエス時代の神殿から、市街地から、オリーブ山から見えました。今でも、テレビアンテナや大小のドーム越しに見ることが出来ます。写真の十字架は約2メートルあります。ほぼ等身大です。復活の大ドーム(アナスタシス)と並んで見えるカトリコンのドームに立つものです。
十字架を、今では、誰もが身近に見ることが出来ます。しかし、イエスの十字架から神の愛を何人が汲み取っているのでしょうか。