9月27日はギリシャのユリウス暦では9月14日で、十字架賞賛の記念日でした。前日は、大聖堂献堂記念を行いました。
私たちは、今年、この日を緊張のうちに迎えました。と言うのは、昨年、ギリシャはこれまでの慣例を破り、七つの聖母アーチを通り、聖マリア・マグダレナ祭壇前を通る十字架行列を行いました。フランシスカンは抗議しました。話し合いを重ねましたが、解決しないまま、この日を迎えたのです。クストス(聖地管区長)は聖墳墓修道院に緊急特別命令を出し、ギリシャの祭儀中は修道院に籠もり、担当者三人を除き、大聖堂内に出ないようにと命じました。騒乱を避けるためでした。しかし、前日の26日、クストスはギリシャとの友好な兄弟関係維持を最優先し、今年限りの条件で、昨年同様、七つの聖母アーチを通り、聖マリア・マグダレナ祭壇前を通る行列を許可しました。私たちはこれでギリシャの行列を見物できると安心しました。
当日、カトリコンでの祭儀が終わり、行列となりました。(写真1:行列迫る)。聖堂を出、左回りに十字架発見の洞窟に向かい、そこで、しばし、祈りを捧げ、行列は七つの聖母アーチを通り、聖マリア・マグダレナ祭壇前を通り、復活記念聖堂(お墓)を回り始めました。ちょうどその頃です。ギリシャエルサレム総大主教(Patriarcha)が聖十字架顕示台を頭に乗せ、聖マリア・マグダレナ祭壇前に差し掛かりました。そして、気付きました。私たち聖堂が開いているのを!彼は突然叫びました。(写真2:敵は本能寺)。共同司式のギリシャ大主教、主教、司祭それに信徒が聖堂入り口に詰め寄りました。(写真3:閉めろ)。イスラエル警官に護られながらフランシスカン担当者が応対しました。傍から見ているとギリシャは私たちの聖堂に入ろうとしているようでした。入り口で阻まれているので、旗竿を聖堂内差し込みました。その間、歓声が上がり、キリエ エレイソン、キリエ エレイソン、キリエ エレイソン(主よ、憐れみたまえ)の大合唱となりました。しかし、旗竿を引き寄せると、その先には旗がありませんでした。(写真4:旗もぎ取られる)。
騒動が治まりそうでないと気付いた警官隊は応援を求めました。まもなく、二十人を越える応援部隊が到着し、配置に付きました。(写真5:配置に付く)。指揮官の警告があり、実力行使に出ました。共同司式者の中には祭服を脱ぎ、応戦しようとするものもいました。総大主教の脇で助祭職を果たしていた友人の司祭と目が合いました。なんともさびしそうでした。前日久しぶりに道で会い、接吻を交わした仲です。結局は、三人が逮捕され、排除されました。(写真6&7:排除、押し返される)。
警官隊の実力行使が始まり、ギリシャ側が押し出され始めたときです。彼らはパイプオルガンキボードがある高間で写真を撮っている私に気付きました。私に向かって叫び出し、物を投げ始めました。写真の祭壇の右ローソクがありません。私に投げつけたのです。何かがほほを掠めたことには気付きました。それで、シャッターを押した写真です。(写真8:私に向かって)。「十字架につけよ。」、「十字架につけよ。」と叫んだエルサレムの住民はイエスのことは何も知らず、扇動されるまま興奮していた状況がこのようなものだったのではないかと思いました。この後、もう一つ、投げつけられました。また、私のところに攀じの登ろうとしてベンチの背もたれがへし折られました。この騒ぎに気付いた警官が身を隠すようにと合図していたので、身を潜めました。
騒動が治まって、総大主教が何を叫んだのか教えられました。私たちの聖堂を閉めるよう要求したとのことでした。彼が祭儀のため大聖堂に入堂する際、ドアー前のフランキ聖堂を閉めるようにと要求しているとは聞いていました。争いを避けるため、このところ聖堂を閉めています。しかし、大聖堂内の聖堂を閉めることは彼の前でカトリックの存在を自ら否定することになります。大聖堂内での共存を認め合った「Status quo」をギリシャが破り、ギリシャ絶対唯一性を容認することになるので、あえて、閉めませんでした。
人との関係で善意が通じないことがあります。かえって、その善意がもっと悪い結果を生んでしまうこともあります。今回、若いクストスが友好の証として譲歩したことは総大主教には通じませんでした。フランシスコ会がギリシャの主張を認めたと解し、七つの聖母アーチを通り、聖マリア・マグダレナ祭壇前を通り抜けることは当然の権利と見たようでした。
ひるがえって、日本の領土問題を考える時、日本人としてどう対処すべきなのか考えさせられます。ロシアとの北方四島、韓国との竹島、中国との尖閣諸島、これらの島々を放棄して、ロシア、韓国、中国と友好関係を維持すべきなのでしょうか。あるいは、所有権を主張してこれらの国々と渡り合うべきなのでしょうか。韓国や中国が話し合いに応じず、武力で自国に編入するような時、戦争放棄した日本はただただ成り行きを受容するだけなのでしょう。
今回、イスラエル警官隊が暴徒化しようとしたギリシャを押さえ込んでくれたので事なきを得ました。以前のように、警官隊が介入しなかったら、双方にけが人が出たことでしょう。聖地にはこのような争いごとが跡を断ちません。しかし、安心してください。私の周りでは旧知のギリシャ友人との関係は以前と変わりなく、友情と信頼に満ちています。
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